神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1133号 判決 1989年2月09日
原告(反訴被告) 酒井紀年
右訴訟代理人弁護士 竹本昌弘
被告(反訴原告) 株式会社三井銀行
右代表者取締役 末松謙一
右訴訟代理人弁護士 北山六郎
同 土井憲三
同 村上公一
同 岡田清人
主文
一 原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙保証目録の三記載の保証債務は、金二五〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月一日から完済に至るまで年一四・五パーセントの割合による金員の支払い義務を越えて存在しないことを確認する。
二 原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙保証目録の一、二記載の保証債務が存在しないことの確認請求を却下し、同目録の三記載の保証債務が存在しないことについてのその余の請求を棄却する。
三 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対して、金二五〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月一日から完済に至るまで年一四・五パーセントの割合による金員を支払え。
四 被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
六 この判決の第三項は、仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告)
本訴の請求として
一 原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙保証目録一、二、三記載の債務が存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は、被告(反訴原告)の負担とする。
との判決
反訴請求に対して
一 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
二 反訴費用は、被告(反訴原告)の負担とする。
との判決
(被告)
本訴請求に対して
一 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
二 本訴費用は、原告(反訴被告)の負担とする。
との判決
反訴請求として
一 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対して、金四七六万六〇六八円及びこれに対する昭和六〇年三月一日から完済に至るまで年一四・五パーセントの割合による金員を支払え。
二 反訴費用は、原告(反訴被告)の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
第二主張
〔以下において原告(反訴被告)を単に原告と、被告(反訴原告)を単に被告という〕
(原告)
「本訴の請求原因」
一 被告は、原告に対して別紙保証目録一、二、三記載の保証債権があるとしてその支払いを請求している。
二 しかし、原告は、被告に対して右各保証債務を負担していないのでその不存在の確認を求める。
(被告)
「本訴の請求原因に対する答弁」
一項中、別紙保証目録記載の一、二の保証債権については、被告において信用保証協会から主債務について代位弁済を受けたので、この保証債権が存在しないことは争わない。現在は、被告に対して同目録三の保証債権を有するのみであるが、その詳細は、後記のとおりである。
二項は否認する。
「抗弁・反訴の請求原因」
一 被告は、銀行取引を業とする株式会社であるが、昭和五七年四月一七日、原告の弟である訴外酒井秀穂と銀行取引約定書に基づき左記内容を含む銀行取引約定を締結した。
1 本約定は、手形貸付、証書貸付、その他の取引に関して生じた債務の履行について適用される(銀行取引約定書一条)。
2 手形貸付がなされた場合、被告はその選択により手形、又は貸金債権のいずれかを行使することができる(同二条)。
3 訴外酒井秀穂が債務の履行を怠ったときの遅延損害金は、年一四・五パーセントの割合とする。ただし、計算方法は三六五日の日割計算とする(同三条)。
4 訴外人が、債務の一部でも履行を遅滞したときは期限の利益を失う(同五条)。
二 原告は、訴外酒井秀穂が右銀行取引約定に基づいて負担する一切の債務につき、被告に対して同訴外人と連帯して支払う旨保証した。
なお、右保証は、原告の妻が原告を代理して締結したものだとしても、原告は代理権を授与していた。
そうでないとしても、原告は当然に妻から報告を受けているはずであるし、また、被告は、原告宛に銀行取引約定書の写しを添付して保証意思確認の照会をしたところ、原告の署名、押印がなされて返送されてきた。原告が妻に代理権を授与していなかったとしても、かかる経過に鑑み、原告は、その後に右連帯保証を追認したものである。
三 被告は、訴外酒井秀穂に対して次の貸付をした。
1 証書貸付
貸付日 昭和五七年四月一七日
貸付金額 三〇〇万円
支払方法 昭和五七年五月から昭和六二年三月まで毎月末日に五万円宛
利息 年七・八パーセントの割合(三六五日の日割計算)
2 証書貸付
貸付日 昭和五九年三月三〇日
貸付金額 三〇〇万円
支払方法 昭和五九年四月から昭和六四年一月まで毎月三〇日に五万一〇〇〇円宛
利息 年七パーセントの割合(三六五日の日割計算)
3 手形貸付
貸付日 昭和五九年九月二五日
貸付金額 五〇〇万円
支払方法 昭和六〇年二月二八日
四 被告は、右1の証書貸付につき、昭和六二年七月三日、2の証書貸付につき昭和六三年七月一五日、それぞれ兵庫県信用保証協会から代位弁済を受けたので、訴外酒井秀穂に対して、3の手形貸付の残元金四七六万六〇六八円の債権を有しているので、被告は、連帯保証人たる原告に、この手形貸付の残元金及びこれに対する昭和六〇年三月一日から完済に至るまで年一四・五パーセントの割合による金員の支払いを求める。
(原告)
「抗弁・反訴の請求原因に対する答弁」
一項は不知
二項は否認、被告主張の保証契約は、原告が海外出張中に締結されているが、原告はこのような多額の保証について原告は妻に代理権を授与していないし、追認もしていない。
三項は不知
四項は争う。
〔信義則違反あるいは権利濫用〕
一 銀行取引約定書は保証人の責任につき「保証人は、本人が第一条によって貴行に対して負担する一切の債務について、本人と連帯して責任を負い、その履行についてはこの約定に従います。保証人は、貴行がその都合によって担保もしくは他の保証を変更、解除しても免責を主張しません。」と規定し、保証人が広範且つ包括的で無制限の責任を負わされることになっており、反面、保証人においてこのような責任を負わされないようにする対抗手段はない。
銀行取引に関する根保証についてこのような問題点があるのであるから、銀行は主たる債務者に対する取引状況を逐一報告し、そうでなくとも新たな取引をする場合は報告し、了解を求めるのは当然のことで、根保証人の損害が不当に拡大しないように主たる債務者との個別取引について担保を徴するなど万全の債権保全措置をとるべき信義則上の義務がある。
しかるに、昭和五七年四月当時、原告は、自宅のある神戸市垂水区には妻と母をおいて単身、東京で勤務しており、不在がちで、さらに仕事柄、年に何回か長期の海外出張をしていて、東京の自宅も不在がちの生活をしていた。被告担当者は、かかる事情を知りながら、主債務者の訴外酒井秀穂に簡単に融資が受けれるとして原告を保証人に仕立てて融資をしている。そして、本件昭和五九年三月三〇日の証書貸付については融資の実行について原告に連絡もしていない。さらに昭和五九年九月二五日の手形貸付についても原告に連絡をしておらず、この借受の弁済の原資は訴外酒井秀穂の借受けていた店舗の敷金返還請求権であることが被告と同訴外人との間で約定されていたのにかかわらず、被告は放置して債権保全の措置をとっていない。
このような事情があるのに、問題が生じると原告に請求するのは信義則違反あるいは権利濫用である。
「責任の制限」
仮に右保証契約が有効だとしても、包括的根保証であるから、被告は、保証人の責任が不当に拡大しないようにするべき注意義務がある。
原告が、妻から報告を受けたとしても、三〇〇万円程度の借受けについて保証人になったとの報告を受けただけで、この程度がサラリーマンである原告が保証人になれる限度である。この手形貸付の融資は、銀行取引の締結から二年半経過後の訴外酒井秀穂においてそれまでの元町の店を閉じて三木市に新たに店舗を出すためのものであった。そして、原告の根保証を除けば、手形の裏書もない無保証融資で、弁済の原資として前記のとおり訴外酒井秀穂の借受けていた店舗の敷金返還請求権であることが被告と同訴外人との間で約定されていたのにかかわらず、被告は債権保全の措置を取らなかったのである。
以上の経過に鑑み原告の責任は制限されるべきである。
「抗弁に対する答弁」
争う。
本件手形貸付は、銀行取引における典型的貸付であり、この取引に先立つ貸付の返済は順調になされていたのであり、融資総額は一一〇〇万円で通常の商取引による債務の範囲内である。そして、原告の保証から約二年しか経過しておらず、主債務者たる債務者から順調に返済がなされていて、主債務者訴外酒井秀穂の信用状況にさしたる問題はなかった。保証人は主債務者と同一市内に居住しその様子を知り得たのに保証契約の解約申入れ等はなかった。かかる事情に鑑み、被告の保証債務の履行の請求が信義則違反、権利濫用、あるいは原告の責任は制限されるべきであるとの原告の主張は失当である。
第三証拠《省略》
理由
一 本訴請求原因一項中、別紙保証債権目録一、二の保証債権を有していないことは、現在では被告においても争っていないので、この各保証債権の不存在についての原告の確認請求については訴えの利益がないことになる。次に被告が(元本額についてはことなる点があるも)別紙保証債権目録三の保証債権の存在を主張していることは当事者間に争いがない。
そこで、「抗弁、反訴の請求原因」について検討するに、《証拠省略》によれば、「抗弁、反訴の請求原因」一項のとおり、被告銀行と訴外酒井秀穂との銀行取引約定の締結、被告が同訴外人に合計一一〇〇万円の証書貸付、手形貸付、このうち証書貸付分については、被告は信用保証協会から代位弁済をうけたが、手形貸付五〇〇万円については、残元金四七六万六〇六八円が未払いであること、よって、主債務者訴外酒井秀穂は、被告に対してこれに対する昭和六〇年三月一日から完済に至るまで年一四・五パーセントの割合の約定遅延損害金の支払い義務を負担していることが認められる。
二 そして、同二項の原告の連帯保証に関し、《証拠省略》によれば、原告は神戸市内に自宅があり、妻と母はそこに居住しているが、仕事の関係で東京にも自宅を持ち、また海外出張が多く、昭和五七年三月も一六日から同月末までザンビア共和国に出張していたこと、原告の弟である訴外酒井秀穂は、昭和五五年三月二〇日から、神戸市の元町でジーンズの販売店を営んでいたところ、その営業資金のため、被告銀行と銀行取引約定を締結して三〇〇万円の融資を受けるにつき、原告の連帯保証人を求められ、昭和五七年三月中頃、母を介して原告に銀行取引約定並びに三〇〇万円の証書貸付の保証人になって貰うことを依頼し、その結果、原告の妻は、昭和五七年三月末か、同年四月初めに、乙第一号証の一(昭和五七年四月一七日付銀行取引約定書)、乙第二号証の一(昭和五七年四月一七日付三〇〇万円金銭消費貸借契約証書)の各連帯保証人欄に原告の住所、氏名を記入し、その名下に原告の実印を使用して押印したうえ、原告の印鑑登録証明書を同訴外人に交付したこと、被告銀行は、訴外酒井秀穂から、原告作成名義のある乙第一、第二号証の各一の各書類を受け取り、同訴外人と昭和五七年四月一七日付で銀行取引約定と、三〇〇万円の金銭消費貸借を締結させた後に、この銀行取引約定書並びに三〇〇万円の金銭消費貸借証書の写しを同封して、原告宛に原告の連帯保証の確認の照会書を送付したところ、これにも原告の妻、酒井紀久子が原告の住所、氏名を記入し、原告の実印を押捺して被告に返送したこと、原告の妻酒井紀久子は、その後、原告に、訴外酒井秀穂の被告銀行からの借入につき原告を代理して連帯保証の書類を作成したことを報告し、原告もそのことは了承したこと、これに加え、訴外酒井秀穂も原告に会った際に、保証人になって貰った礼を言っていること、なお、原告は昭和五七年にその後、七月一七日から八月七日まで西ドイツ一一月二〇日から一一月二六日までインドに海外出張していることの各事実が認められる。
右認定事実からすると、原告は、妻及び訴外酒井秀穂から同訴外人の被告銀行からの借入について妻が原告を代理して保証契約を締結したことの報告を受け、さらに乙第一、第二号証の各一の写しを被告から送付を受けているのであるから、この各書類の原告を作成名義人とする部分を原告の妻が作成した当時に、原告が日本にいたかどうかは判然としないが、原告は、銀行取引約定書による保証について妻に代理権を授与していたか、そうでないとしても代理行為を追認したと認められ、よって「抗弁、反訴の請求原因」二項の原告の銀行取引約定書による被告銀行に対する保証はこれを認めることができる。
右乙第一号証の一(昭和五七年四月一七日付銀行取引約定書)の条項からすると、被告銀行と訴外酒井秀穂との取引により生じた一切の債務につき原告が保証する旨の包括根保証の内容となっている。原告はこのような包括根保証を承諾する意思ではなかったと主張、供述するが、乙第一号証の一の記載内容はいわゆる普通取引約款で、被告において、右のように原告がその内容を検討する機会を提供しているので、契約当事者は、その内容をすべて承認して契約したと認められ、この原告の主張、供述は採用できない。
三 もっとも、このような被告銀行との間の取引により生じた一切の債務を、原告において保証期間、限度額の定めなく保証するいわゆる包括根保証については、保証契約が締結されるに至った事情、債権者と主債務者との取引の態様・経過、取引にあたっての債権者の債権確保のための注意義務の程度、その他の事情を斟酌して、信義則に照らし、合理的な範囲に保証人の責任を制限して当然である。
しかるところ、前記認定事実からすると、この保証契約と同時になされた当初の三〇〇万円の証書貸付については、原告の個別保証を求めている。原告、証人酒井紀久子の乙第一、第二号証の各一の書類は昭和五七年四月一七日付三〇〇万円の証書貸付のためにのみ作成したもので、その後に貸付がなされることは予期しなかったとの供述は、前記のとおり採用できないが、原告が主債務者の営業に関与していないことを被告担当者において知っていたのであるから、新たな貸付をする場合には、被告において、原告に確認するなり、個別に保証契約を締結するのが望ましいことは明らかである。しかるに、被告は、当初の貸付がなされてから二年を経過してから、原告に確認することなく、半年ほどの間に八〇〇万円を貸付けたのである。
すなわち、《証拠省略》からすると昭和五九年三月三〇日の証書貸付については、訴外酒井秀穂の母酒井美穂が個別の連帯保証人となり、信用保証協会との間で委託保証契約が締結されたとのことであるが、原告がまったく知らなかったとのことであり、被告が本訴で原告に保証債権として支払いを求めている昭和五九年九月二五日付五〇〇万円の訴外酒井秀穂に対する手形貸付は、単名手形でなされていて、原告はこの新たな貸付についても知らなかったこと、この手形貸付は、訴外酒井秀穂において、同年一〇月にそれまでの元町の店を閉めて三木市に移転することを計画し、その資金のための融資でこの弁済の原資として、訴外酒井秀穂が借受けていた店舗の敷金九〇〇万円の返還金を充てることを予定していたこと、被告の担当者はかかる事情を知り、そしてその返済期日も同年一二月末としながら利息の弁済を受けただけで、弁済期日を昭和六〇年二月三〇日に延期することに応じていること、その後の昭和六〇年二月頃、訴外酒井秀穂は経営が行詰まり、三〇〇万円ほどの債務を抱えて破産を申立てるに至ったことが認められる。
《証拠省略》からすると、訴外酒井秀穂の元町の店舗の売上げは、当初は月額一二〇〇万円位あったが、閉店時は一二〇万円位しかなかったこと、被告銀行の訴外酒井秀穂との取引担当者は、当初の貸付後、交替になったが、後任の担当者は訴外酒井秀穂からの弁済が滞りなくなされていたことから、昭和五九年の三〇〇万円の証書貸付、五〇〇万円の手形貸付、さらのこの手形貸付の弁済期の延期に応じることについてなんらの疑問を持たなかったことが認められる。
しかし、原告は、訴外酒井秀穂の兄弟とはいえ、同訴外人の営業とはまったく関係はなく、そして、被告から二年の間、新たな貸付はなされておらず、当初の三〇〇万円の証書貸付についても完済されていなかったのに、昭和五九年になって半年ほどの間に八〇〇万円も追加融資するのは、短期間に取引を拡大させたといわざるを得ないし、しかもこの昭和五九年九月二五日付五〇〇万円の手形貸付は、被告銀行の担当者において、主債務者の訴外酒井秀穂の店舗の変更のためであることを知り且つ主債務者の借受け店舗からの退去にともなう敷金返還請求権を原資とすることを前提としていたのに、被告において、包括保証人があることから、なんらの債権保全の措置を取らないまま貸付に応じ、さらに弁済期の延期に応じたのは容易に過ぎるといわざるを得ない。
かかる事情を斟酌すると、昭和五九年三月三〇日付三〇〇万円の証書貸付についてはともかく、被告のこの昭和五九年九月二五日付五〇〇万円の手形貸付について、原告に保証責任を求めること自体が権利濫用、信義則違反であるとの主張は保証契約締結時の訴外酒井秀穂の店舗の規模、被告の貸付総額に鑑み採用できないものの、原告がこの全額について保証責任を負うとするのは信義則に照らし相当でない。
結局、右のような取引経過、被告側の態度等を斟酌し、原告の責任額は、右手形貸付の元本額の五割に当たる二五〇万円の限度をもって相当と判断する。
四 以上の次第で、原告の別紙保証債権目録一、二の保証債権の不存在確認請求の本訴請求は、被告においてその不存在について争っておらず、確認の利益を欠くのでこれを却下し、同目録三の保証債権の不存在確認請求については、二五〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月一日から完済に至るまで年一四・五パーセントの割合の約定遅延損害金を越えて存在しない限度で理由があり、他方、被告の反訴請求は、この限度で理由があるのでこれを認容し、その余の原告の本訴請求並びに被告の反訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部崇明)
<以下省略>